
2009/12/13
2009/12/02
2009/11/13
第50回日本肺癌学会(新宿)・・・
第50回日本肺癌学会が、東京新宿の京王プラザホテルで行われました。
間質性肺炎とは、場合によっては予後不良で命に関わることがある疾患です。我々、肺癌治療に携わる者としては、手術後の合併症、抗がん剤治療の合併症、放射線治療の合併症であること、すなわち、何らかの治療を行うことにより発症し、死に至ることのある合併症であることを常にアナウンスし続けることが重要であると、改めて認識いたしました。もちろん、こういったアナウンスや公示は、医師のみでなく、患者・看護師などのコメディカルへの伝達も重要です。
今回の肺癌学会の大きなネタは、肺癌病期分類の改訂で、第7版がいよいよ2010年1月から施行されることになりました。これにより、腫瘍の大きさ2cm以下はT1aとなり、より早期の肺癌病期分類にはまることになりました。従来よりも分類が細かくなり、覚えにくいのが欠点です。
インフルエンザA罹患後、発熱性好中球減少・肺炎、間質性肺炎を来した一例を報告しました。本症例では、ステロイドパルス療法が効果的で軽快しました。
間質性肺炎とは、場合によっては予後不良で命に関わることがある疾患です。我々、肺癌治療に携わる者としては、手術後の合併症、抗がん剤治療の合併症、放射線治療の合併症であること、すなわち、何らかの治療を行うことにより発症し、死に至ることのある合併症であることを常にアナウンスし続けることが重要であると、改めて認識いたしました。もちろん、こういったアナウンスや公示は、医師のみでなく、患者・看護師などのコメディカルへの伝達も重要です。
今回の肺癌学会の大きなネタは、肺癌病期分類の改訂で、第7版がいよいよ2010年1月から施行されることになりました。これにより、腫瘍の大きさ2cm以下はT1aとなり、より早期の肺癌病期分類にはまることになりました。従来よりも分類が細かくなり、覚えにくいのが欠点です。
2009/11/08
京都御所、一般公開・・・
自宅から大学へ行く時、御所の中を歩きます。
京都御所(京都御苑)は、普段は市民の憩いの場所として整備されています。砂利の敷き詰められた広い道、木々・芝生、運動公園、散歩道などです。春は桜、秋は紅葉と、歩いていて、季節を感じることの出来る場所です。
今回、たまたま、一般公開の日に当たりました。毎年、春と秋に特別公開が行われているようですが,私自身は今回はじめて入りました。思っていたよりも中は広く、綺麗に整備されてました。794年平安京遷都から、今年で1215年、京都の歴史を深く感じることができました。

ラベル:
日々山城…
2009/11/05
全麻25例突破いたしました!!!
平素より、お世話になりありがとうございます。
公立山城病院で2009年4月より、呼吸器外科診療を開設して以来、全身麻酔の手術が25例を突破いたしました。1年間で25例というのは、呼吸器外科学会における修練施設(関連施設)に登録するための最低手術数であります。
呼吸器外科専門医を表するからには、最低限クリアしなければならない数字だと認識しており、今回この数字を達成できましたことを報告いたします。肩の荷は少しおりたような思いですが、今後も気を引き締め、さらに精進いたしますので、よろしくお願い申し上げます。
2009/11/01
2009/10/12
第62回日本胸部外科学会(横浜)にてNIPPVの有用性・・・
第62回日本胸部外科学会(パシフィコ横浜)において、「呼吸器外科領域の手術後低酸素血症に対する非侵襲的陽圧換気(NIPPV)の有用性」と題した一般示説(ポスター)の発表を行いました。プログラムでは、区域切除のシンポジウムが行われている時間の裏番組の用な位置づけでしたが、15名程度の先生方とdiscussionいたしました。

- 手術後に血液ガス(room air)を測定し、PaO2<70mmhgの患者に対してnippvを施行したデータです。nippvを行うことにより、翌朝のpao2が有意に改善しています。
肺切除の術後に陽圧換気を行うと、陽圧になった分だけエアリークが増えて、気瘻が遷延するのではないかというご質問をいただきました。我々の行った結果では、7%でリークの増大のため中止した症例があったものの、それらも、3日以内にリークが止まっていることを説明しいたしました。翌日の血液ガスデータが著明に改善し、酸素投与が不要になると、患者の離床も進むため、非常に有効な手段だと思っています。
みなとみらい駅から、地下鉄で元町・中華街へ参りました。神戸の南京街と違い、その大きさ、店の多さ、人の多さに圧倒されました。
ラベル:
呼吸器外科
2009/10/10
木津川、流れ橋(1)・・・
木津川にかかる流れ橋ですが、先日の台風18号による増水で、流れたとのラジオ報道を聴き、病院の帰りによってみました。橋の欄干は残っていましたが、渡し板は全てなくなっていました。

以前に行った時は、木でできた橋で、手すりもなく、強風に煽られたら木津川に落ちると思っていました。自転車や原付は渡っても良いというのが怖かったのを覚えています。
今回、橋が流れてから視てみると、渡し板の部分は、ワイヤーで連結されて橋に固定され、まだ水量の多い木津川の流れに浮かんでいました。まるで筏のようで、橋が流れても、同じ資材を利用して、すぐに直せる工夫なのだろうと、今更ながら、先人の知恵に脱帽です。

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日々山城…
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