2012/10/31

木津山・・・


公立山城病院の6階の東側の窓から、枠に固定して、時間を空けて撮影してきました。

木津山と書きましたが、正式名称は不明です。

2011年5月から1年あまりの時間経過です。中央の山がケズラレ、まっすぐな道ができてきます。

2012/10/07

公立山城病院開設60周年・・・




本年で、公立山城病院は開設60周年を迎えました。

記念式典として、木津駅前広場に特設会場を設け、ステージ、地域名産店、木津高校のお茶、病院からの健康相談・アロマなどをして、お祝いをしました。

写真は木津川市のマスコット。ちびっ子に大人気でありました。

私は、初めましてと言ってしまいました。


2012/10/06

木津川 流れ橋 (4)

また、流れてしまいました。
平成24年9月30日(日)の台風15号の接近による大雨、増水によるものです。
前回の修復から半年くらいでしょうか・・・

自然の猛威には逆らうすべもなく、ただ流されるだけの流れ橋。

自分でいうのも変ですが、私は流れ橋が好きなんです。
車は通らない、手すりもついていないのでちょっと怖いのですが、のんびりと歩けます。
川に近い高さなので、川の流れを身近に感じられるので好きなんです。

地元の人がいうには、また半年くらいわたられへんな・・・とのこと。

自転車や歩行者にとっては、日常的に使われている橋なのであります。

木津川右岸からの写真。

木津川左岸からの写真

新木津川大橋から撮影、パノラマメーカーで合成しました。



2012/10/02

英語の教科書・・・


「使える理系英語の教科書」森村久美子著

さて、やりますか・・・




2012/09/25

気管切開・・・

長期間人工呼吸器から離脱困難な症例、頻回な気道吸引が必要な症例に対して、気管切開という手技を行うことがあります。(緊急時には輪状甲状靭帯切開が早いです)

待機手術になりますので、手術室の予定を聞いて計画します。

私の方法は、局所麻酔、横切開、前頚筋群・舌骨下筋群を縦方向左右に分け、甲状腺に到達します。甲状腺の上を目指して剥離し、時に1/3位を切離し、気管に到達します。気管の前面を左右に剥離、第2気管軟骨の上縁を確認しこの軟骨を切離できるくらいの剥離を追加します。

皮下に3−0ナイロンをあらかじめかけておきます。第2気管軟骨の上縁で切開し、逆U字切開となるように左右で第2気管軟骨を切離します。あらかじめかけておいた3-0ナイロンで気管軟骨を反転して逢着します。切離部の止血を確認し、気管カニューレを挿入します。

今回、たまたまですが、3症例の気管切開を行いました。

山城病院の研修医は5人ですが、これまでに2人は気管切開に助手として入ってもらっています。今回は、残りの3人に入ってもらいました。

これで、研修医の5人は気管切開の経験をしてもらったことになります。外科の研修は必須でなくなったとはいえ、将来、外科医が不在となっては困ります。少しでも、外科の面白さを知ってもらえればと思います。

写真は、気管切開の後のチューブの先につける”人工鼻”です。酸素投与が不要であれば緑のアタッチメントは不要です。



2012/09/08

禁煙外来・・・

公立山城病院で禁煙外来がはじまりました。

喫煙者は【ニコチン依存症】という病気であるという認識のもと、薬剤を併用しての禁煙を目指します。禁煙ではなく卒煙、すなわち、タバコから卒業して、二度と戻らないというものです。

毎週金曜日 午後2時から行っています。やめたい、やめる!と思った方は、ご予約ください。

呼気中の一酸化炭素濃度は22ppm。
血液中のヘモグロビンと結合する一酸化炭素の割合が2.4%という表示になります。酸素の飽和度は99%ですから、すでの4.2%もとられているので、この人は最大でも94.8%の酸素飽和度になるという計算になりますね。


2012/07/29

夏レク2012 in 淡路島・・・

今年の呼吸器外科の夏レクは淡路島で行われました。
私は、当日食す分のカロリーを消費しようと、「チャリで行く!!」宣言をしていました。

しかし、前日は山城病院の当直、8時30分出発で、明石まで走っていては、さすがに夕方、日暮れとなってしまいます。そこで、輪行を決定しました。通販で輪行袋を購入し、当直中にバイクをばらし、袋へ収納しての旅立ちでありました。

JR京都駅で。新快速の最後尾に乗るところ。

木津から京都、京都からは新快速で明石までと思ったのですが、時間に余裕ができたので、神戸で普通へ乗り換え須磨で下車しました。須磨海岸、駅の改札を南へでると、そこはもう、ビーーッチでありました。初めて須磨で降りたのですが、これはすごいと思いました。


海へ行く人とは反対の北口へ降りて、輪行袋からバイクを取り出し、車輪をはめ、ブレーキワイヤーをかけて、上下脱いでサイクリングスタイルになり、国道2号線を西へ向かいました。国道2号線は、途中、須磨の海岸沿いをJRと平行して走る区間があります。ここの海の景色を自転車で見たらどうだろうかというのが、須磨で降りた動機であります。

JRの線路ごしになるので、海が見える区間はほんのわずかでしたが、潮の香りと風が心地よかったです。


明石まで10kmの道のりをおよそ30分で走りました。ジェノバラインの出発まで30分あったので、補給といたしました。出発港のすぐそばのお店に入りました。

ジェノバフェリーを待つ間に明石の卵焼き。あつあつをいただきました。
ネットでフェリーを検索したのですが、明石大橋の影響で、タコフェリーはつぶれてしまったし、神戸や泉大津から洲本まで出ていたフェリーもすべて廃止されていました。

淡路島へ車で行く人は、”すべて”、“必ず”、明石大橋を渡ることが義務づけられたことに初めて気づきました。

歩行者、自転車の為の渡海の方法は残されていました。唯一、明石からジェノバラインへ乗るしかないのであります。

明石大橋を下から眺める為には、ジェノバラインに乗る意外方法はありません。
風が心地よかったです。
さて、淡路島上陸後、まず目指したのは、淡路ハイウェイオアシスです。若手I先生と待ち合わせの為です。このハイウェイオアシスは、高台にあり、海抜ゼロからのスタートで一気に標高200mmまであがるヒルクライムでありました。下で待ち合わせればよかったと思っても後の祭りでした。

I先生、病棟業務が終わってから、車で自転車を運んで、ここから一緒に洲本を目指す計画でした。駐車場に入ってくる車を眺めながら、待っていると、iPhoneの画面が異常でした。高温注意報、こんなところにも出ました。あわてて、自販機でイロハスを買って、強制冷却を行いました。


待てど暮らせど、I先生の車は来ないし、何気なくメールのチェックをすると、病棟でちょっとトラブルあり、間に合わないので先に行ってくださいとのこと、「この炎天下で、先輩を30分待たせたあげく、来ないとは!!」「緊急時は電話せえよ!!」と怒り震盪でしたが、血圧をあげてもしゃーないので、ここは、暑さに耐える訓練をさせてくれたと、I先生に感謝しつつ、一人洲本へ向かいました。

iPhoneにエネループをつけて充電しながらの走行です。

午後2時頃、暑さ最高!でした。ほっかむりするだけで、暑さが和らぎました。
洲本の海岸で先発隊と合流、ひざ下だけ海に使って冷やし、ポカリで乾杯いたしました。休憩1時間いただき、ここから、少しの上り道、淡路観光ホテルへチェックインいたしました。

本日の総走行距離51.40km, 時間5時間53分(フェリー、ビーチ休憩を含む)。
消費カロリーは3687kcal。


翌日、少しふらふらする頭でありましたが、朝食をしっかりととっての再出発です。前日とルートを変更し、淡路島を西へわたって海を見ながらのサイクリングを計画しました。

淡路島を超えるには、山越えをしなければなりません。洲本から五色浜のほうへ抜けるルートを選択し(一番標高が少なそうだった)、8時30分出発でした。途中、車のN先生、Iw先生に追い越されながら、ゆっくりと進みました。

走り出してから5kmを超えて、登りが急になりました。この山越えが本日のメインイベントです。最後の最後で歩いてしまいましたが、この登りで体力すべてを使い果たしたような気持ちになりました。山の下りの後は海岸線の平坦なコースが続きます。海を見ながら、当初の予定とおり、なんだかんだの50km走行でありました。明石大橋が見えたときは、かえってきたなぁと達成感がありました。
クライマックスの明石大橋との再会です。
道の駅あわじで「淡路牛バーガー」をいただきました。コーラを一本、かなりの高カロリーなのでしょうが、50km走ったので良しとしました。
焼き肉が挟んであります。牛のハンバーガーと思ったのですが、これはこれでBe Me!でありました。

明石駅で自転車をばらし、再度の輪行。特急のスーパーはくと京都行きに運良く乗れました。車内はがらがら、貸し切りに近かったです。京都駅は0番線に到着でした。跨線橋をわたらずに中央烏丸口から出れたのもラッキーでした。
再度自転車を組み立て、東洞院通りをのんびりと家に向かったのでありました。






総走行距離51.88km, 時間4時間24分(フェリー込み)。
消費カロリー:2818kcal。

淡路島の北半分を一周した計算になります。次は淡路島1周をチャレンジしてみたいです。



2012/07/17

脱水に気をつけましょう・・・


夏のトレーニングは熱中症にならないように注意しましょう。

屋外での活動は、日中は避けること、喉が渇く前に水分、塩分を補給することが大切です。(高校時代は、暑さに慣れるためと称して、午後1時から2時間だけの練習というのもありました。1年の時は、本当に暑さがつらかったことを思い出します。)

この年ですから、トレーニングを行う時は、ハーフポカリを携行しています。
1リットルはいりますが、ポカリの粉を半分にして、うすくしています。喉が渇く前に小まめに補給することを心掛けています。

2012/06/30

大祓(おおはらえ)・・・

大祓とは、6月と12月の晦日に行われる除災行事であります。

恥ずかしながら、この年になるまで、とんと知りませんでした。妻曰く、「今日は神社へ行きたい。・・・・」という事で、貴船神社へいきました。

駅までの道のり、氏神様の下御霊神社へ参ると、「茅の輪くぐり」がありました。実は、茅の輪くぐりも、初体験でありました。八の字になるようにわたります。その後で、本殿にお参りしました。

下御霊神社の茅輪くぐり


京阪電車、叡山電車を乗り継ぎ、貴船口で下車しました。バスもあるのですが、時間に余裕があった事、川からのマイナスイオンを浴びたかった事、貴船神社までは歩いて行きました。

貴船神社では、大祓の行事は午後3時から始まります。たなばたの飾り付けをして時間を待ちました。人形(ひとがた:紙製の人の形に似せたもの)を準備して神事が始まりました。



神主さんの祝詞の後、人形に3回息を吹きかけ、頭から肩、腕、腹、足まで、体の部分をこすります。これを袋に入れて、神主さんに渡します。この後、大茅の輪くぐりをされ、われわれもくぐりました。




神主さんたちは、下流の貴船川におもむき、祝詞を朗唱しながら川に流してくれました。これで、私たちも禊(みそぎ:身をそぐに由来する)をしたことになります。




半年に1回の大祓、日本人として、忘れないようにしたいです。


2012/06/17

飛鳥の蘇(ソ)・・・

飛鳥へいってきました。

飛鳥とも明日香とも書きますが、飛ぶ鳥の勢いがあった地方だったのでしょうか。

古代史の秘密、邪馬台国の謎など、興味は尽きません。今回は石舞台古墳へいきました。久しぶりの飛鳥(結婚する前にレンタサイクルをした記憶があるので、かれこれ20年くらいいってないことになります)、道路が大分整備されている印象でした。

 石舞台古墳については、有名なのでネットで調べていただくとして、当時はこの岩の上にも盛り土があったようです。長い年月で自然に流れてしまい、江戸の頃の資料に残っているのは、岩の露出した今の姿のようです。曽我馬子(入鹿)の祖父の墓と考えられています。



今回の話は、個々からが本番になります。石舞台古墳のそばの売店でのこと。

飛鳥の蘇(ソ)なるものを売っていました。租庸調のソ?(字が全然違います…)などと、教養ないことを考えつつ店に人に聞いてみると、牛乳から作ったチーズのようなものという事でした。シルクロードを通って、東の終点の飛鳥へ伝わったといわれます。原料は牛乳1升くらいから、この大きさになるようです。ちょっとwetな蘇(ソ)を試食させてくれました。

お味の方は、万葉の味という事で…